「グレーな私」
切っ掛けは「ガールズトーク」だった。
取り留めのない話で終始盛り上がっていたが、その中の一人が発した言葉が未だに忘れられない。
ある意味私の思想に影響を与えた言葉でもあり、良くも悪くも「グレーな私」を象徴している。
その言葉というのは、「中絶は女性の権利である」。
当時の私が全面的に賛同したか否かは定かではないけど、少なくともその場にいた女性たちは誰一人異議を唱えなかった。
その言葉に込められた“覚悟”を感じ取っていたからだろう。
もっとも、額面どおりに受け取る人なら「それはちょっと…」と眉を顰めるに違いない。
その頃付き合っていた男性もその一人で、「どういう事情があるにせよ、体内に宿った命を堕胎することは決して許されるべき行為ではない」と強硬に主張した。
似非クリスチャン(本人はキリスト教を信仰していると主張していたが、洗礼を受けているわけでもなければ、クリスチャンに準じた生活を過ごしていたわけでもない)としては当然の発言で、しかも「君がそういった思想を抱いていること自体が許せない」とまで言い放った。
おいおい、気持ちはわからなくもないが、それはちょっと言い過ぎだろ?
信仰に自由があるように、思想にも自由がある。
私があなたの信仰を受け容れるように、あなたもまた、私の考え方を受け容れるべきではないか?…と、今の私であれば務めて冷静に反論しただろう。
若かった私は血の気も多く、それこそ不快感を露にして異議を唱えたに違いない。
不幸にして「望まぬ妊娠」をしてしまった時、最後の選択として「中絶」は認めざるを得ないでしょう、と。
勿論それ以前に心がけるべき点は幾つもあるし、最大限の注意を払ってもなお、そうした事態に陥ることもあるでしょうよ、と。
(実際には極端な例も挙げていたと思う)
私個人は人工中絶に対して否定的な考え方を持っているが、だからといってこれを禁止すべきだと主張する気は毛頭ない。
安易な気持ちで行うそれには嫌悪を覚えるけれど、そうすることで救われる人も少なからず存在するだろうし、そうした人々の為の「権利」として認めるべきだと考えている。
ただ、そういった部分は当時の彼には一切伝えていない。
「言うだけ無駄」なことぐらい、わかっていたからだ。
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詳細はメールに てお問い合わせくださいませ。

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ある意味私の思想に影響を与えた言葉でもあり、良くも悪くも「グレーな私」を象徴している。
その言葉というのは、「中絶は女性の権利である」。
当時の私が全面的に賛同したか否かは定かではないけど、少なくともその場にいた女性たちは誰一人異議を唱えなかった。
その言葉に込められた“覚悟”を感じ取っていたからだろう。
もっとも、額面どおりに受け取る人なら「それはちょっと…」と眉を顰めるに違いない。
その頃付き合っていた男性もその一人で、「どういう事情があるにせよ、体内に宿った命を堕胎することは決して許されるべき行為ではない」と強硬に主張した。
似非クリスチャン(本人はキリスト教を信仰していると主張していたが、洗礼を受けているわけでもなければ、クリスチャンに準じた生活を過ごしていたわけでもない)としては当然の発言で、しかも「君がそういった思想を抱いていること自体が許せない」とまで言い放った。
おいおい、気持ちはわからなくもないが、それはちょっと言い過ぎだろ?
信仰に自由があるように、思想にも自由がある。
私があなたの信仰を受け容れるように、あなたもまた、私の考え方を受け容れるべきではないか?…と、今の私であれば務めて冷静に反論しただろう。
若かった私は血の気も多く、それこそ不快感を露にして異議を唱えたに違いない。
不幸にして「望まぬ妊娠」をしてしまった時、最後の選択として「中絶」は認めざるを得ないでしょう、と。
勿論それ以前に心がけるべき点は幾つもあるし、最大限の注意を払ってもなお、そうした事態に陥ることもあるでしょうよ、と。
(実際には極端な例も挙げていたと思う)
私個人は人工中絶に対して否定的な考え方を持っているが、だからといってこれを禁止すべきだと主張する気は毛頭ない。
安易な気持ちで行うそれには嫌悪を覚えるけれど、そうすることで救われる人も少なからず存在するだろうし、そうした人々の為の「権利」として認めるべきだと考えている。
ただ、そういった部分は当時の彼には一切伝えていない。
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